「異文化 異民族 共生」(その3)
 
元国連事務次長 明石 康

  プロフィール
1931年1月19日秋田県生まれ
  バージニア大学大学院、フレッチャー・スクール大学院に留学
1957年 日本人初の国連事務局職員就任
カンボジア暫定統治機構国連事務総長特別代表、旧ユーゴスラビア問題担当事務総長特別代表、国連事務次官など歴任
1999年7月 日本予防外交センター会長に就任
著書 「平和へのかけ橋」講談社、
「生きることにも心せき」中央公論新社
他多数、また多くの論文も書いている。
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 日本とアジアと人権と

 さて、日本が国際社会で生きていく上でもっとも身近な問題がアジアにおける人権です。アジア諸国の多くの人々に深い苦難を与えた過去の経験を二度と繰り返さないためにも、人権に対する鋭敏な意識とアンテナを持つことが大切です。それは、将来に向けて、隣国の人々と平和的に生きていくための信頼関係を育む上で欠かせない配慮でしょう。

 経済発展が重視されているアジアでは、日本からヒト、モノ、カネが多大に流れ込んでおり、社会に大きな影響を与えています。そのため、進出する企業、団体や個人が人権意識を持って行動することが望まれます。また、政府としても、世界最大の政府開発援助(ODA)供与国として、受入国の人権問題を無視して無原則に資金援助を行うことは不可能な時代となっています。そんな中で、1991年に政府がODA指針を決定し、その中で「受入国の基本的人権および自由の保障状況」に十分な注意を払うよう指摘しているのは、正しいことです。

 1993年3月には、ウィーンの人権会議に先立って、バンコクでアジア太平洋地域政府間会合が開催され、「バンコク宣言」が採択されました。その中では、「開発援助を供与するための条件として、人権を用いようとするいかなる試みも阻止する」と謳われました。この箇所に関して日本は保留しましたが、これも正しい選択だったといえます。期待したいのは、こうした我が国の人権に対する配慮が、日々の活動においても忘れられないことです。
  

 人権に配慮した開発と開発段階に応じた人権活動

 アジアにとって関心の高い「発展の権利」とは、1972年にセネガルの初代最高裁判所長官のムバイエ氏が用いた用語で、1986年には、「発展の権利に関する宣言」として国連総会で議決されたものです。発展の格差が、国際社会における人権の実現を妨げているとし、人権の実現のためには開発が必要であるとする概念です。

 人道や人権の規準には、アジア的な規準とかヨーロッパ的な規準があるのではなく、グローバルな一つの規準があるだけです。ただ、その現実への適用においては、いろいろな味付けをし、段階的な適用を考える必要がありましょう。例えば、私がカンボジアに勤務していたときに、人権擁護部門のスタッフから、死刑廃止をカンボジアで行うべきだという意見が出されたことがあります。そのとき、私は、アジアのどの国が死刑の廃止まで踏み切っているのか、まず調べてもらいました。すると、完全な死刑廃止まで踏み切っている国はないという報告が来ました。そこで、アジアの現実を無視した改革をせっかちに強要することは思いとどまり、国連暫定統治機構(UNTAC)の代表として、カンボジアでの死刑廃止は見合わせることにしました。

 西欧的な民主主義や人権の思想を抽象的、観念的にアジアの現実にそのまま適用することは、慎重に考えるべきであります。戦後日本のことを考えても、新憲法には優れた条文が多いにもかかわらず、マッカーサーの押しつけだったというので、今でも一部の抵抗があります。民主主義が本当に根を下ろすまでには、イギリスやフランスやアメリカでさえ、何百年の年月がかかっています。私がカンボジアでやろうとしたことは、民主主義の「種をまく」ことでした。種に水をかけ、肥料をやって育てていくのはカンボジアの人達の役割だと考えました。そして、カンボジアの土壌が民主主義を育てるのに不毛な土壌だというなら、せめてできるだけ強い種を残していこうではないかとの思いで活動しました。カンボジアにとって、激しい拒絶反応が出ない程度の民主主義の導入と改革をどしどしやっていったのです。その一つとして、カンボジアNGOの人権の育成をやり、UNTACの統治期間に十幾つかの人権NGOが誕生し、約15万人の会員を持つに至りました。これはカンボジア全人口の2%強を構成しています。結局、バランスのとれた発展を目指した支援が必要なのではないかと思います。
  

 身近なところから、より豊かな生き方を

 さて、人権を他国との関係において話してきましたが、最後に忘れてはならないのが、国内の身近な人権問題に眼をつぶっていてはならないということです。人権への取り組みには、日頃の意識と活動が大切です。社会的な弱者やマイノリティーにも心を開き、差別なく、思いやりにあふれた姿勢を一人ひとりが心がけることから、人間の自由と平和が築かれていくのではないかと思うのです。どうもわが国には、人権や民族の間の共存という考え方や、その間の平等という概念が乏しいように思います。21世紀の世界においては、おそらく人種主義の克服が最大の目標になるでしょう。それは、我々一人ひとりの心の中での偏見との闘いということにもなりますが、どうも日本はこの点で一歩遅れている気がしてなりません。

 周囲の人達の人生をより豊かに、より幸福にする努力は、自らの人生をも豊かにするに違いありません。人権の尊重される社会を構築するのは、なかなか容易ではないのは明らかですが、それは、我々一人ひとりが、試行錯誤を重ねながら実現して行くべき共通の課題だと信じます。