産業医科大学 顧問 竹村 毅

経営環境・労働市場のメガトレンド
 これからの採用・選考はいかにあるべきかについては、当然のことながら経営環境や労働市場等の変化に対応したものである必要がある。

 前述のように、日本の雇用慣行といわれている長期継続雇用や年功賃金・昇進等の原形は、大正末期から昭和初期にかけて大企業で成立し、第二次大戦中のいわゆる1940年体制の下での社会的認知と制度的なバックアップに支えられ、さらには戦後の労働組合の急速な普及を背景に、高度成長期に大企業はもちろん中堅企業にまで普及・定着したものである。

 これらの経営・雇用慣行が、経済の好不況を越える大きなトレンドすなわち、(1)少子高齢化、(2)情報化、(3)経済の成熟化(低成長化)、(4)国際化・ボーダレス化等により大きく変化しようとしている。これからの採用・選考についての考え方も次のような課題に対応できるものであることが必要となっている。

 (1) 高齢者・女性労働力の有効活用
 (2) 情報を選択し対応するだけではなく、情報を自ら高め創り出す人材の確保
 (3) 組織になじめる人材よりも個人の創造力の重視(カイゼンからカイハツへ)
 (4) ストック労働者のリニューアルとフローの労働力の活用
 (5) 社会財としての労働力システムの創設と育成への協力等

 これらのことは、個人、企業とも「組織志向(就社、終身雇用と年功賃金、企業内訓練等)」から「市場志向(就職、職務別賃金、企業外訓練・資格、横断的労働市場の育成と活用等)」へ理念の転換をすることが求められているといえる。1999年度の国民生活白書がいう「選職社会」の実現である。

 これを違った観点から一言で表現すれば、豊かな時代の働く者の理想は「雇われて自己実現」をはかりたいということであろう。このことは、求職者自身が「自分は何ができるのか」「何がしたいのか」また「その理由は」ということを客観的に認識して外部に開示できることが前提である。このような個人についての情報が市場の言葉で記述されたデータを参考に、そこに見出せる適性や能力を徹底して生かし活用することは、企業利益と何ら矛盾しない。

 一方、企業側の本音は「即戦力」の労働力を臨機応変に確保したいということである。そのためには「どんな仕事をどのようにしてもらいたいのか、必要な技能や知識はどのようなものか」等ということを、こちらも市場の言葉で開示することが必要となる。このような公開された豊富な情報を活用して、個人は「やりたいことが本当にできる企業」を、企業は「その職務にふさわしい人材」をみつける努力をする。それが「選職社会」といえるものであろう。

21世紀のために
 企業を市民社会の制御下におくという世界の普遍的趨勢は深まり、労働の分野では採用から昇進、職場配置、賃金、解雇にいたるまで一切の雇用条件等について差別はゆるされないということになろう。多分に経営家族主義・共同体的集団主義をひきずっている日本の企業は、過去のしがらみを捨て、時代の変化、世界の流れにそって制度を変革することをせまられている。変革のためのキーワードは「人権、環境、平和」である。

 おわりに21世紀にふさわしい公正な採用選考システムを構築するために、いま企業は何をなすべきかについて私見をのべてみたい。

 (1) 情報の整備と公開
 ストック労働力の質を高め、フローの労働力を活用するためには、企業内部の職務に関する情報を的確に把握・表記し公開していくことが必要である。1999年に施行された改正労働者派遣法にも「業務の内容、当該業務を遂行するために必要とされる知識・技術又は経験の水準」等を「事前にきめ細かく」提示し把握することが義務づけられている。科学的手法により社内の仕事について早急に職務分析を実施し、開示できるようにする必要がある。また、個人の側からも適性や能力はもちろん、自己実現への希望と熱意についてアピールし理解されるために必要かつ十分な情報が提供されることが大切である。

 (2) 法の遵守
 この十年間に、法律や規則、倫理規範に反する事件が多発した。これらの事件は企業が市民の一員としての責任と役割を果せなかったことにその原因がある。2001年にはわが国においても個人情報の収集、利用、管理、開示などの原則が盛り込まれた「個人情報保護基本法(仮称)」と医療情報、個人信用情報、電気通信情報に関する個別法が整備されることが決まっている。また同時に示されるであろう各種ガイドラインも現行のOECD勧告の八原則にそったものとなろう。一年後には、求職者から提出された情報の内容をコピーや電話で調査会社等に伝えるだけで法違反とされる可能性もある。また前職や適性、能力等に関する情報についても、本人以外から収集することは原則禁止とされる見込みである。このような目前に迫った個人情報に関する新しい環境にどう対処するのか、企業にとっては大きな問題であると思われる。

 (3) 採用・選考業務のプロの育成
 採用形態の多様化、技能や職務の急速な進歩と変化、多岐にわたる社会的要請等をふまえ、適切な労働力を確保し活用するためには、高度の専門的知識と経験を有する専門家の養成と確保が大切である。個別企業で長い間採用や選考の仕事に従事していたというだけでは、その社のベテランになれてもその道のプロとはいえない。自社の慣習や方法に熟達していることが逆に落し穴となって、法律を侵し社会的ダメージを受ける危険性がますます増大してくるといえる。合理的、普遍的であり、かつ、人権尊重を中核にすえた採用選考システムを確立し、その運用のプロの養成を企業団体が結束して行い、同時にそれらの職務に携わる人達の社会的評価を高め処遇を確立する努力が求められているのではなかろうか。


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