東京大学法学部教授 横田 洋三

企業による人権侵害
 このように、企業も、その活動の国際化に伴い、いろいろな形で人権に対して配慮を払わなくてはならなくなって来ています。ここで、企業と人権の関係について、いくつかの類型に分けて見てみることにしましょう。

 まず第1に検討すべき問題は、企業の内部における直接的人権侵害ということです。これには、職場における女性や少数者、障害者等に対する差別が含まれます。会社の方針としてこのような差別を公認ないし黙認している場合は論外ですが、社員が個人的な行為でこのような差別を行った場合であっても、その社員が責任をとらなければいけないことはもちろんのことですが、会社についても、そのような差別を禁止するための積極的施策をとっていない場合は、一定の責任をとらされることがあります。労働組合の結成を妨げたり、組合との交渉に真剣に臨まない場合にも、会社は法的な責任をとらされます。18歳未満の子どもを労働に従事させたり、危険なあるいは非人道的な職場環境を放置しているということも、人権の面でもちろん問題です。

 第2に、企業活動の結果、外部の人の人権を侵害するということがあります。工場からの煤煙や危険物の投棄によって起こる公害は、その典型です。水俣病や四日市喘息で多くの犠牲者が出たことは、記憶に新らしいところです。また、一時日本でも大きくとりあげられた薬害問題も、このカテゴリーの人権侵害に当たります。最近、アメリカでは製造物責任が問題にされていて、日本にも影響を与えるようになりましたが、このように企業が作った製品が利用者や消費者に被害を与えないように配慮することも、人権の観点から重要です。とくに子どもや障害者などの弱者に対する配慮は必要です。新聞、テレビ、チラシなどを通しての会社の広告においても、差別的な表現を用いないよう注意を払うべきです。

 第3に、企業の内部における、あるいは外部に対する人権侵害への批判や規制を避けて、工場などを外国に移すという行為も、問題です。あまり人権意識の高くない、また人権侵害に対する批判や規制が厳しくない国に工場を逃避させるという行動は、利潤を最大にするという企業の論理からは正当化されるかもしれませんが、企業の倫理には反し、人権団体からは批判の対象にされる場合があります。かりにそうした社会的反発がないとしても、企業の人権尊重への姿勢が疑われると思います。

 第4に、南アフリカやミャンマーの例のように、人権侵害国と取引したり、投資したりすることが、間接的に人権侵害に手を貸しているとみなされる場合があります。国連などの国際機構による経済制裁の対象になっている国については、取引や投資を控える必要があります。そうでない国であっても、極端な人権侵害を行っている国に対する投資やそのような国との取引については、慎重でなければいけないと思います。ピノチェト大統領が圧政を行っていた頃のチリーやマルコス大統領の独裁制のもとにあったフィリピンなどについても、投資を行う外国企業に対する批判や反発が起こりました。

国際的人権機関における審議
 最近、国連などの国際的人権機関において、企業活動と人権の問題が研究調査の対象となるようになりました。私が代理委員として出席している国連の人権小委員会においても、「多国籍企業と人権」、「貿易と人権」、「国際投資と人権」などの問題が討議されるようになり、今年の人権小委員会においては、この問題を集中的に検討するための作業部会も作られました。

 今のところ、あまり理論的に整理されたかたちで議論が行われていませんが、外国資本の進出の結果途上国の企業が倒産し失業者が多数出たとか、外国企業が女性や少数者を差別的に扱っているとか、途上国の安価な労働を使って搾取しているといった批判が出ています。また、外国企業の多くが、途上国政府、とくに人権抑圧を行ってている独裁政権の歓心を買うために行っている贈賄などの汚職も、問題にされています。さらに、一部の途上国の政治的、社会的混乱の原因を作っている武器を製造し販売している外国企業に対する批判も、出されています。

 今後このような国際的人権機関において、企業と人権の問題が、国際的視野で検討されることは間違いないと思います。グローバル化した日本の企業も、このような動きに関心を払っていく必要があるように思います。

企業は何をなすべきか
 このように、今日企業は、人権の問題を直視しなければならない状況にあります。それでは、企業は、人権問題と積極的に取り組むために何をしなければならないのでしょうか。

 第1に、先にあげた企業による人権侵害をなくすように、全力を注ぐ必要があります。企業内部の人権侵害はもちろん、外部に対する人権侵害も防止しなければなりません。また、このような批判を避けるための海外への逃避もすべきではありません。なぜなら、これからは情報のグローバル化によって、海外でも日本と同じくらいに人権問題に対する関心が高まっているからです。途上国の場合、これまでの植民地支配に対する批判もあって、とくに外国人や外国企業による人権侵害に対しては、激しい反発が予想されるということも考慮する必要があります。

 第2に、企業による人権侵害を防止するために、企業内部の啓発・研修活動を積極的に推進することです。それも、1回限りの研修ではなく、日常的に繰り返し行い、徹底することが重要です。とくに女性、子ども、老人、障害者、少数者などに対しては、企業としてできる限りの配慮をするように、トップから現場の人まで徹底してほしいと思います。

 第3に、このように人権に対する配慮をするためには、社内に人権問題を扱う部署を設置して、担当者には常に人権問題に関する社会の動向、とくに国際社会の動向を研究させ、企業の日常的活動に人権の観点を反映させるように努める必要があります。

 最後に第4点として、企業の利益の一部を、地域、国、そして国際社会の人権の擁 護・促進・啓発活動の推進のために寄付してほしいと思います。今日、日本にもまた世界にも、人権問題を扱っている市民団体(NGO)が沢山あります。その中には、問題のあるものもありますので、慎重を期する必要がありますが、中には非常に良い活動をしている組織もあります。そういう民間の活動を支援することも、企業の人権分野の貢献の一つになります。また、国連等の人権問題を扱っている国際機構には、たとえば現代的奴隷制基金、先住民基金、拷問被害者救済基金など、人権に関する基金が作られています。これらの基金への寄付は、国際的に大変高く評価され、企業の人権の側面でのイメージを高める効果があります。金額的には、一つの基金に対して数百万円の規模の寄付で十分です。

むすび
 現在、日本でも世界でも、21世紀を人権文化の世紀として位置づけようという動きが活発です。企業も社会の一部であり、社会と相互に共存していく存在です。社会が地球化し、その中で人権文化が中心的位置を占めるようになるとするならば、企業もその中で意味のある存在になる必要があります。これからの企業は、経済的利潤の追求のみに関心をもつのではなく、企業が置かれている社会を住みやすく、安全に、そして文化的にも豊かなものにするために積極的に関わっていく必要があります。単に法的に認知され、組織的に発展し、経済的に利益をあげる存在であるばかりでなく、社会において意味のある、社会になくてはならない存在になる必要があります。人権文化の世紀において、日本の企業もぜひ名誉ある地位を占める存在になってほしいと思います


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