冬、1月の末から、風邪で入院した。
うちで肺炎にならないよう、インフルエンザにならないよう、ありったけ診ていたけれど、或る日、突然九度の熱が出て、入院した。
手が、クルミを持って遊ぶように動いている。
病院に行くとシャックリが出はじめている。
五秒に一回くらいのシャックリである。
それが、とめどなく。
シャックリは横隔膜のけいれんでもある…から、からだの中が動くので、たえまない全身の体操。
つかれるのではと看護婦さんにうったえる。
「大丈夫、大丈夫」
五日程して、その言葉通りシャックリはとまった。
熱も下がって、元気ですと報告がある。
ほっとして見舞いに行ったが、二日たち、とつぜん九度の熱が出る。
「インフルエンザの菌が腸にはいったのでは」
病院にいるのに。
大変なことになったらどうしよう、不安が続く。
抗生物質が点滴の中に入れられている間、熱が下がる。
お薬のおかげと思う。
或る日、とつぜん、もう二、三日で退院しましょうといわれる。
何日か前から、嚥下(のみくだすこと)の訓練が始まったというのに。
そんな訓練があるのかと喜んでいたばかりなのに。
退院しましょうは……
きくところによれば、病院の医療費は一ヶ月たてば、すごく下がる。
重吉さんは一ヶ月たった。
ベッドは空けなければ、そうでなくても、赤字の病院は、大変なことになる。
患者は待っている。
街中インフルエンザだ。
こちらは、退院を喜んでばかりは、いられない。
けれど、世の中は、いま、貧乏の真っ最中、一人の人の命はあまり考えられていないみたい。
彼のために、お花を用意したお部屋に重吉さんは退院した。
テレビを見てびっくりした。点滴の中に消毒液を入れてしまい患者は苦しんで亡くなる。
ついこの間、二人の人がまちがって手術された。
脳死移植で、命をもらった方がいると喜べば、心臓停止が後か先かといっている。
どこかで火事があれば、必ず焼け跡に、死体があり、お年寄りと知らされる。
一体どうなってしまったのだろうと、ふるえながら、私は、まるで、神様が世の中の苦しみを全部私に下さったように感じ、死にたくなった。
朝、起きて、雨がやんで、お日様が出ている。
少し気分がよく、重吉さんの部屋に行った。
他の人は、みんないるのに、重吉さんがみつからない。
ドキドキして、やっと気がついた。
「トイレだわ」
トイレで気が動転するなんて、重吉さんが、車椅子を押されて出てきた。髪の毛がのびて、白と黒の長髪になり、芸術家みたいな顔してる。
「重吉さん、元気?」
「ウン、ウン」
と、うなずいた重吉さん 。
大きな声でいった。
「ア・リ・ガ・ト・ウ」
ほっとして、うれしくて。
「いそがしいのよ」
と、私は走りだした。
いちばん小さいタッちゃんのいる、ねむの木学園のほうへ。
タッちゃんは、気管カニューレで生きている。
もう三歳だ。
お口から、食べものは食べられない。
とろとろの栄養の入った液体を、お鼻からチューブで食堂を通して胃に入れる。
のどから気管カニューレが入っているから声は出ない。
一日も早く、チューブでなくお口から食べるものを入れ、声帯を動かし発声させたい。
すごく頭がいい。
遊んでくれる人とくれない人を見分ける。
ナースが、これはだめよといえば、ちゃんとおぼえる。
だから、まちがったことをおぼえたら、大変な子に育っちゃうと思う。
やさしいことは最初におぼえさせたい。
愛されること、教えたい。
あなたを愛しているのよ。
愛されること、教えたい。
あなたを愛しているのよ。
愛しているのよ。
愛されること、教えたい。
そうしたら、愛すことおぼえるから。
愛すこと、愛されていること。
人間の権利ってそんなところから始まるって思う。
美術館を建てるための単独処理浄化槽の水質を調べた。
この街の法的規制値は、六〇PPM、魚(コイ、ふな等)が存在するのは難しい。コイ、ふな等の魚が存在することができるのは、一〇PPM以下と教えられた。
単独処理浄化槽の性能を上げるためには、今の予算より、六五万円程度、増えることになる。
打ち合わせのため、現場に行く。
まわりで話をきいていた、アイちゃん、タケシちゃん、ツトムちゃん、トシミツちゃんにいった。
「あのね、お食事いっしょにしたいけど、話をしに行ってくる」
「どこへ」
「美術館」
「なーに」
「あのね、川のお水汚れているのが六〇PPMだったら、この街のキソクでいいのよ。けれどね、六〇PPMだったら、お魚も駄目だし、カニもトンボの幼虫も蝶々も駄目なの。そう、ほたるも生きていけないわ。だから、一〇PPMにしなければいけないの」
「今ならほたるも死ぬの?」
「そうよ」
「うーん、お金もいるの?」
「そうよ」
私は、行ってくると表に出た。
息を切らしてこども達が来た。
「ねぇ、おかあさん、ほたるのためお金あつめていい?」
「モウ、チョキン箱ツクッター」
「そうね、あなたたちが、自分たちで考えてやるならおやりなさい。環境美化運動ね」
こども達は一人三百円で集めだした。
小さい子が十円、事務長が私にいった。
「ジー、ジーは二千五百円だよっていわれました」
あとでみると職員の大部分が千円だしている。
「まいったア」と思ったんだきっと。
「十一万六千三百三十一円できた」
アキカンに、ほたるのためと書いてある。
自分たちより弱い虫を、守ろうと思っているんだ。
「もう、おやめなさい。夕ごはんよ」
「うん、もう一人ね。風邪をひくと、私、かなしいから」
「わかったよ」
足の悪い子が、手の不自由な子が嬉々として、やさしい心で動いてる。
家庭内暴力にあった子だ。
そのため、手が悪い。けれど、その時のことは知らない。
暴力はほたるのための優しさに代わった。
「一〇PPMにするために子どもたちが集めたお金です」
市役所は、話をきいて、雨の中、川の水の流れ込む池の掃除をやりはじめた。「ごくろうさま」といいながら、子どもたちの勝ちだナと思った。
人権万歳、やさしさの勝ちだ。
生きる権利、死ぬ権利、やさしさは、役所を動かした。政治に関与する権利。
こどもの心の権利、権利と義務を自然にわきまえた生き方をしたい。私の権利とここねむの木学園を建てた義務だ。