本当のところはどうだろう?

下の図を見てください。
  AB,CD 2本の線があります。
  さて、どちらが長いでしょうか?

( 解説 )
本当のところはどうだろう?

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1.「どちらが長いと思いますか?」と尋ね、参加者の中から2〜3人に答えてもらいます。
  ほとんどの人は「ABが長く見えますが多分同じ長さだと思います。」と答えるでしょう。

2.「そうです。そのとおり間違いなく2本は同じ長さなのですが、なんとなくABの方が長いように見えますね。では、どうして違って見えるのでしょうか?」

3.「これは、斜の線が”余計な情報”となって、私たちの正確な判断を惑わしているのです。言い換えますと、”余計な情報”が”事実”を歪めたとも言えましょう。」

4.「したがいまして”多分長さは同じだろう”と思うのは、十分な事実確認をすることなく、勝手に判断してしまう・・、まさに、”予断”に過ぎず、また斜めの線という”余計な情報”に惑わされて、”AB”が長く見えるのは、”偏見”ということになろうかと思います。」

5.「しかし実際には、この図は”AB”の方をわずかに長くしてあります。”この問題は目の錯覚の問題で、2本とも同じ長さだろう”と思うのも、そこには”予断”が存在しています。実際に定規を使うなどして2本の線の長さを比べることが、”予断”や”偏見”のない考え方ではないでしょうか。」
6.「もちろん、日常の業務や生活の中で、今までの経験や知識により、物事を判断することは必要ですが、噂話・俗説・迷信にとらわれることなく、物事を冷静に科学的に事実を確認して、正確な判断力を養うことは大切なことです。」
7.「同和地区およびその出身の人たちに対して、”予断”や”偏見”をもつことが、今も残る部落差別の大きな要因なのです。」
参考
 
中の円の大きさ
縦線の長さ
予断と偏見  

 私たちは日頃ものを見たり考えたりするとき、ステレオタイプ化した見方、つまり頭からことだと決めてかかり、誤ったものの見方をしている場合がよくあります。
  その際、充分な考慮や調査をしないで事前に判断することを「予断」、相手に対する非好意的で否定的な見解を「偏見」と言います。それに対して「差別」とは故意に人権を認めなかったり侵したりすることで、社会的に疎外することなのです。差別が予断と偏見を生み、予断と偏見が差別を支えるといった関係を持っています。
  「予断と偏見」は一人ひとりの意識の問題でもあります。人を見下したり、遠ざけたりすることによって自己の優位性を保とうとする個人の弱さがそれを支えているのです。その克服のためには人権・同和問題を正しく学び、自己の確率をはかることが大切です。

   

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