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歴史の中でどんなことがあったか一つの例をあげてみよう。江戸時代の医者杉 田玄白が、日本の近代医学の父と評価されていることは多くの人が知っている。 それは一七七四年にオランダの解剖医学書「ターヘル・アナトミア」を日本語に 翻訳して「解体新書」を世に出したことが大きく評価されているからだ。しかし この翻訳には当時の「穢多」身分が大きく貢献している。ところが、このことを 知る人はほとんどいない。玄白の「蘭学事始」は翻訳当時の苦労話を書いたもの であるが、これを読むとその貢献がすぐわかる。当時玄白たちは東洋医学の解剖 図をもっていたが、新しく入ってきた「ターヘル・アナトミア」の人体の図と違 っていた。そこで玄白たちは実際に人体の解剖をしてみようと考えた。しかも当 時解剖技術をもっていたのは「穢多」身分だった。「穢」に触れる仕事をしてい たからだ。玄白たちは「穢多」身分の老人に解剖を依頼し、その日処刑された老 婆の身体を解剖し、これは胃、これは肝と教えられ、その結果「ターヘル・アナ トミア」が正しいことがわかり、これを翻訳しないと日本の医学が発展しないと 考えた。「蘭学事始」には当時人体の解剖技術をもっていたのは「穢多」身分だ ということがはっきり書かれている。 これをきっかけに蘭学ブームが起こり、福沢諭吉などを通して明治維新以後の 「脱亜入欧」に傾いていく背景ともなってくる。 このような歴史背景的事実を通して、現代私は、この原稿を書くにあたって二 つのことを指摘しておきたい。一つは、杉田玄白の業績を評価し、たたえるにく らべて、彼に人体の解剖を直接見せた老人のことはまったく評価されないことだ。 当時老人の技術が評価されないのは「穢」に触れた者を排除する差別の結果であ るが、そのことが修正されることなく今もつづいていることだ。考えてみるとこ の事は実に不合理で驚くべきことだ。 もう一つの指摘は、このようにして日本人は自分で手を汚すことなく近代医学 を身につけていることだ。結果がよければすべてよし、とする考えもあるだろう が、この場合その考えは当たらない。 「穢」がカオスであることは先に言った。そしてこのカオスが、歴史的な意味 で、あるいは現代的意味においても、人類にとっての危機、混乱、不条理、不合 理を表していることは誰もがわかるだろう。つまり日本人はカオスに対して手を 汚さなかったのだ。それは部落差別を内包した日本歴史全般に言えるとともに、 日本近代史でも、結局は欧米文化にたよることで同じことをつづけている。そし てこれが現代日本人の精神世界で危機管理意識が弱かったり欠落している歴史的 背景だ。ここのところを早く克服しなくてはならない。そうでないといくら機器 をそろえ、システムを充実させても何も変わらないだろう。 ではどうすればよいのだろうか。いうまでもなく部落差別を克服することなの であるが、それがそう簡単に答えが出る問題ではない。 私はその克服を次のように考えている。まず一定の地域社会を見ることだ。地 域社会も概念としては定着していないが、例えば、農村と宿場町、同和地区を含 めた地域を一定の単位として考える。この場合これまでだと差別と被差別の関係 で見られることが多かったが、これを地域的分業と見るなら、まったく新しい関 係が見えてくる。農村は米や野菜を作った。同和地区は農村の斃牛馬を処理して 太鼓や馬具を作ったりまた警備役もした。宿場町は他地域との交流の場であり米 や太鼓の販売と材料の仕入れを行った。 地域社会をこのように考えて、それぞれの村の重要さと独自性を認めるなら、 これまでの差別社会とは違った関係が生まれる。仮に農民がカオスに触れなかっ たとしても近くに触れた村がある。その村の歴史と文化を認め共有することで、 無責任な他人まかせではない精神が育まれる契機となる。危機管理の機器が発達 している現代、迂遠な方法に見えるかもしれないが、日本人が主体的に危機管理 の精神・哲学をもつにはこれが最も確実だと思う。 大きな企業にいると地域社会は縁遠く見えるだろうか。しかしいかなる会社の 社員も居住地をもち、家族は学校などの地域社会で生きている。その地域で人権 が語られ実践されないと人権という言葉が空事になると同じに危機管理意識も、 自分の生活から始まらないと本物ではない。また当然、大きな企業であればこそ 分業の大切さを知っているはずだ。どんな分業も一つを排除したら全体が停止す る。T社の記事はそのことを示しているのだ。 最後に地域社会の問題にふれておきたい。この正月近くにある相模原の八幡神 社に正月の行事「歩射」を見に行った。前にも書いた「田遊」から生まれたもの で、丸い的に弓を射て、矢が当たった箇所で今年の吉凶を占う。 占いの効果を信じている人はほとんどいなくて儀式的な遊戯だ。それでよいと 思うが弓を射る四人の子供は、厳しい条件の中で選ばれる。「二才から五才まで の長子で、前年不幸のなかった家に限られる」というのだ。長子は男子を示して おり女性差別だ。前年不幸・・・・は根っこに「穢」の意識がある。さらに「両 親が健在であること」の条件がつく。これも子供の自覚ではどうにもならないこ とで差別選別だ。 このような差別構造が地域社会にさりげなく残っている。指摘すれば、それが おかしいとわかる人は多い。が、これを変えるとなると簡単ではない。しかしそ れを根気よく話しあい変革する親の姿を見て子供は人権意識を育てる。また積極 的にカオスに対応する精神にも通じる。こうした差別選別を放置しておいていく ら人権を語っても意味はないし、精神の充実もない。
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