部落間題と危機管理意識

 部落問題と危機管理意識との関連を見る前に最近の事件を少し追ってみよう。

 新聞の経済面などにのる会社経営に関する記事にあまり私は関心がないし、

ほとんど読まない。が、二年前朝日新聞朝刊にのった経済部記者の署名記事は

私の関心をよんだ。井上久男氏による「コラム私の見方、危機管理甘かったT

社」というものだ。T社の労働管理の過剰についてはいつか本で読んだことが

あって、人権問題を考える必要があるのではないかと思った。そのT社で危機

管理が甘いというのだ。どういうことなのだろうか。

 記事によるとT社における作業工程などの効率や生産性をあげてきた根拠は

「かんばん方式」という方式らしい。部品の過剰生産を防ぐため車の生産工程

で後工程が前工程から必要なだけ部品を引取り、前工程は引取られた量だけ生

産するというやり方だ。なるほど合理的だと素人なりに思う。が、この工程の

部品メーカーの工場が火災にあい、生産操業全体が三〜六日停止したという。

井上氏はそれを会社経営における危機管理の甘さと指摘する。当事者はもっと

違った見方をするのかもしれないが、記事を読むかぎり、なるほどと思う。つ

まり不測の事態にそなえていないのだ。考えていないともいえる。

 この記事は一企業の体質の問題なのであるが、最近つづいている危機管理の

甘さの指摘からすると、こんなところにも現れているのか、と驚いてしまう。

 四年前の一月十七日に起きた阪神淡路大震災の時もいろいろな局面でいわれ、

反省の契機になっていると思う。しかしあれほど大規模な不測の事態一大災害

になると、危機管理の甘さや欠落をいわれても、素人目にはなにがどう指摘さ

れているのかわからない側面があった。

 この問題が最もわかりやすかったのは同じ年に起きた北海道のトンネル落盤

事故ではないだろうか。現場がリアルタイムでテレビに映っているせいでもあ

るが、事故への対応の緩慢さや手ぬるさを見ていると本当にイライラしたし、

新聞やテレビの論説で危機管理がなっていないと言われると、見てい る

者さえ絶望感におちいった。あの時新聞やテレビで論説されたことを危機管理

に絞っていうと、行政や警察、消防署や道路管理者などがそれぞれ責任をなす

りあい、どこに責任があるのかわからないまま、総合的な指揮者もない対応が

つづいていた。これこそ危機管理意識の弱さ欠落を典型的に露呈したものと思

う。そこから類推すると、阪神淡路大震災の時も似た状態があったのだろう。

 その後も危機管理意識が問われる事件、事故がつづいている。一つは日本海

におけるロシアタンカーの重油流出事故だ。私はちょうどあの時能登の輪島に

いた。重油はまだ輪島まで漂着していなかったが、それはもう時間の問題であ

ることがわかっており、漁港周辺では心配の声が多かった。私にでも、海岸部

への重油の漂着が予想出来たし、その時の海岸部や海の汚染ははかり知れない。

だから岸に漂着する前に処理する方法はないのか。そんなふうに考えたし、地

元の人もそんな話をした。が、地元の人にも対策はなかった。やはり不測の事

態への対応が考えられていないのだ。

 そんな中で、最も強いロ調で危機管理意識の甘さ欠落が指摘されるのはペル

ーの日本大使館占拠事件だ。大使館そのものの中に危機管理意識や、その機能

がなかったことも大きいし、たびたび指摘されているのであるが、それにとど

まらず外務大臣や、その周辺の日本人役人の動き、あるいはテレビ朝日系の記

者が大使館に進入して単独取材をしようとしたことをふくめて、日本人の危機

管理意識の弱さ欠落がきびしく指摘されている。


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