しばらくして、井上さんと私は、石を後にして家のほうに向かいまし

た。詩についての話をうかがいますと、少しうつむかれて、そして「実

は、その詩には一つだけ書けなかったことがあります。詩の中にある両

親が部落を出よ、と言ったことは事実です。中学校を卒業する少し前に

両親が私を呼び、『お前だけはこの部落民という殻を脱ぎ捨ててくれ。

人間としての苦労ならどんな苦労でもしてこい。けれど、この部落差別

という苦労だけはお前にさせたくない。だから、お前はこの村を出て殻

を脱ぎ捨ててくれ。親にしてやれることはそれしかない。この村からお

前を出してやることしかないんだ。』そう言って両親は泣いて自分を説

得した。だから村を出る決心をしたと書いています。しかし、親の前で

こそ神妙な顔をしていましたが、心の中では、嬉しくて嬉しくて、これ

で自分は村を出ていけると思ったのです。今でこそ、この村に生まれて

も誇りをもって生きろと言えます。しかし、私が子どものころは、ひど

いものでした。自分の村の誰を見て誇りなんか持てるのか。こんな村に

いたんじゃ一生が台無しだ、何のために自分がこの世に生まれてきたの

かわからない。必ず、こんな村は大きくなったら出ていってやると、ず

っと思い続けていたのです。しかし、村を出ていこうにも頼っていく友

人もいない。出て行くお金もない。無い無いづくしの中で、出て行くと

いう希望は絶望に変わっていました。やはり自分は両親と同じようにこ

の村で暮らして行くしかないのか、という気持ちになっていたときに両

親がこの話をしてくれたのです。だから、親の前では神妙な顔をしてい

たが心では嬉しくて嬉しくてしかたなかった。これで胸をはってこの村

を出て行ける。親に心配かけずに行ってくるよ、この殻を脱いでくるよ

と言って村を出て行ける、そう思いました。そのことを、さすがにこの

詩の中に表現することはできませんでした。書けなかったのはこのこと

です。」


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