いつの頃からか、たくさんの郵便物が送られてくるようになりました。

すぐ中身を開けて読もうというものと、そうではないものとがあります。

カタログなどは気楽に開けますが、通信文など、なかなかそうはいきま

せん。

 でも、その『詩』は、かたい文面でつづられている、そんな通信文の

中にありました。文字がぎっしりつまったページをめくると次のページ

は、なんと空白がいっぱいあるのです。文章は短く、行間が広いので、

非常に読みやすく、おまけに絵までついています。このような条件です

と、子どもと同じ心境になって、すぐ読むことができました。

 タイトルも「部落に生きる」とあり、当時の私には、心がひかれるも

のでした。その詩を読むうちに、私の身体にある変化が起こったのです。

それは身体の中心から全体に広がる「寒気」のようなものでした。


部落に生きる 脱(ぬ)ぐ  井上忠市

義務教育を終わる十五才の私に父が言った

卒業したらすぐ部落を出よ

親は何もしてやれないが

同じ苦労をするなら 他人にわからぬように

差別のないところで生きてゆけ

郷里を離れて一日も早く 一人でも

四つといわれるこの殻を脱いでくれ

−これしか道はない−


この父親の涙声に私は黙ってうなづいた

母は「子孫の為に必ず脱ぎ切れよ」と言って泣き伏した


昭和十七年大東亜戦争のただ中で村は

勝利のニュースにわきかえり

日本が必ず勝つと信じていた私は

故郷を捨てて 必ず脱ぐ

この固い決意で中国に渡り就職した


病気 敗戦 両親の死といろいろあって

あれから五十年の歳月がながれた けれど

故郷を捨てて脱ぐこの思いは果たせなかった


差別をのがれる為に 故郷を捨てる

このような哀しい思いを 子どもにはさせたくない

解放をねがう脳裏に

差別にすべなく耐えた先祖の姿がうかぶ

村を出て必ず脱ぎ切れと言って泣いた

母の声がきこえてくる


人の世に 熱あれ

人間に 光りあれ


すべのなき 差別に果てし 先祖等の

地下の叫びは 耳にあててきけ

百束の 線香よりも

一本の 解放という その花を



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