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ここ約20年近く、私はいわゆる人権をテーマに書いてきました。 その中で、かつてはこんな質問をよくされました。何故あなたが人権なの か、女性の作家ならもっと書くべきものがあるだろうと。 何故あなたが人権なのかと問われた時、いくつかの答えがあります。 あるということは、いかに愛されて育ったとして も、周囲の大人が決める大人社会の約束事に、あ る部分では従わざるを得ない受け身性を持ってい ます。自己決定権を100パーセントまだ認められない存在として子どもが います。子どもの人権とは、あるいは、子どもの人権をより充実させていく ことは、かつて子どもであった私の一つの願いであるという言い方ができる でしょう。 さらに、それでも何故、あなたは人権なのか。例えば、女の人権といつも いうけれども、あなたは女性の中では差別をされない側を生きているだろ う。好きに自己表現をし、自分の好きな職業を選び、マスメディアで20年 間やってこられたということは、あなたは差別されていないことだと言われ ることがあります。 私は女性であるが故の屈辱感も、無念さも、大勢の女性たちと同様に噛み しめてきたひとりではあると思います。 それでも何故、と問われたら、次のように答えることが可能です。万が 一、私が今、女であるということで差別されていないとしても、他の同じ 性をもった女性たちが、女性であるが故の不利益や不快さや無念さをこの 社会の中で、もし噛みしめているのであるとするならば、彼女たちの無念 さや痛みや悔しさというものは、同じ性を持った私にとっても、他人事で はなく、私の無念さであり痛みであり不利益であると。 その上でさらに、それでも何故、あなたはいわゆる少数派の権利とか、 そういったものをテーマにするのですか、と聞かれたとき、もう一つお答 えします。1945年終戦の年に、母は私を出産しましたが、その時、母 はいわゆる法律婚、結婚をしていませんでした。従って私は最近の私たち があえて提案した言葉を使うならば、婚外子と呼ばれる立場ですし、日本 の法律用語をそのままに使わせてもらえれば、非嫡出子です。 嫡出子とは、正当な生まれの子ども、非嫡出子とは「正当な生まれでな い子」という意味があります。子どもは当然ながら、ただの子どもとして 生まれてきますが、この国の法律が、一方では基本的な人権を保証しつ つ、一方では生まれてきた子を選別する戸籍が、住民票が、出生届けが、 依然としてあります。(注・1995年3月より、住民票は改正) 人権とは反対方向のものがある。その反対方向の 景色を見た人間の権利として、あるいは責任とし て、ささやかながら風を巻き起こしたい。穴を開 けていきたい。出来うるならば、新しい風をふかしたい。それが、ある意 味で「被差別者」と呼ばれる側を生きてきた、私の場合はささやかな体験 ですが、生きてきた人間の権利であるし、そして、権利とワンセットの責 任であると私自身は考えています。そんなことを含めて、私自身が最近受 けとった読者からの手紙を紹介しながら、ご一緒に考えていきたいと思い ます。一通めの手紙、これはいろんなところで既にご紹介させていただい ておりますが、ご本人からも了解を得ているので、読ませていただきま す。 二〇代の青年からいただいた手紙です。
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