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だきたいと思うことがあります。まずは、いじめる 子、いじめられる子、見てみぬふりをする子が、 一定していないということです。いじめっ子タイプ とか、いじめられっ子タイプというような分類ができないのです。 成績がクラスでトップであったり、学級委員をしているような子どもが、 いじめの被害者として相談をしてきます。あるいは逆に先生の受けも良く 勉強もできて親も自慢の子が、いじめの首謀者だったりするのです。 子どもたちはいつ何時自分がいじめのターゲットにされるかもしれない と、戦々恐々の思いで毎日を過ごし、いじめられるのが怖さに、いじめの 加担者となります。 結局いじめには理由はないのです。あいつはのろまだから皆に迷惑を かける、あの子は汚い、あの子はうぬぼれている等。口実は何とでもつ けられます。でも問題のない人間、欠点のない人間などいるはずないの です。 ちの子に限っていじめるはずがないという思いこみ はなさらない方がいいと思います。そして、「いじ められる側にも問題がある」という発想だけはして いただきたくないのです。子どもたちに問題があり、欠点があるのは当たり 前です。それは正しく指摘されて、自分なりの努力を重ねて克服されなけれ ばならないことではあります。しかしそれ故に、いじめられてはならない、 いじめが正当化されてはならないのです。そこのところはきちんと区別して わかっていただきたいと思います。
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