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明治維新を迎えたのちにも、弾左衛門は相変わらず
穢多頭として存在出来ました。つまり新しく入ってきた 官軍にとっても、やはり死へのケガレ観というのは根強 くあったと思います。 当時の江戸は、百万近かった人口が約半分になりました。旗本が去り、武士 という階級がなくなり想像を絶する衝撃であったと思われます。塵一つない ほどきれいだと言われた江戸の町は荒れ果て、治安も乱れ、犬や猫の死体が お堀に浮いたままの見るも無残な姿に変わってしまったのです。弾左衛門を そのままの処遇にした理由は、多分そうした死体の処理という清掃に使おう としたからではないかと思われます。ですから弾左衛門は、東京府の一員と して雇われ、新政府との間で蜜月のような時期がしばらく続きます。そこで 彼は、改めて東京府に対して身分引き上げの要求を始めます。しかし、いろ んなことがあって解放令がだされることになりますが、こちらは弾左衛門が 考えていたものとはまったく違うものでした。解放令は全ての賤民身分をい っぺんになくしてしまったというラジカルなものでした。彼は、一挙でなく 順番にしかも自分の裁量で賤民を平民に引き上げていくことを望んでいたの です。解放令を主導的に実行に移したのは大久保利通であったろうと推察し ています。大久保利通の狙いは江戸幕府がつくった土地の永代売買禁止令等 を廃止し、土地の私的所有を認めて自由売買を実現することであったと思い ます。そのためには賤民身分の人達が持っていた土地の免税措置を取り払 う、その上で全ての土地に対して課税できるようにすること、そこを売買で きるようにすることを考えたのではないかと思います。 勝手であるというのが解放令の意味です。 この時点で制度としての賤民は日本にはいなくなりまし た。その瞬間から、彼らは人間になったのだと思います。解放令や五カ条の 誓文等々、またあの当時福沢諭吉が言っていたセリフからも明治維新は人間 主義の時代に入ったということです。つまり人間として扱われていなかった 人々が人間として認められる。人間になったとたんに、そういう人間がいた のかという意識が芽生えて、近代の差別というものが始まるわけです。
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