”路地裏”にある教材

 人権は分厚い教科書、学術書を取り出さなくても、”路

地裏”にいくらでもあるものなのです。なぜならば、”路

地裏”にこそ、不特定多数の人間が生きているからです。

 しかし、昨今は、他人の意思表示・存在を無視しても、

会釈さえない風潮がまかり通っています。「自分がやりたいこと」の優先

がきわめて目立っています。私の「恐れ」です。

 一方で、人権諸規則、事例、歴史についての知識はすさまじいものがあ

ります。人権の講演会、研修会は花盛りだし、研究も熱心です。しかし、

一歩、研修会、勉強会の外へ出たら知識はすべて”頭の中”にしまわれて

いないでしょうか。指摘されるか、よほどのきっかけがあって初めて”頭

の中の教科書”が開かれる状態になっていないでしょうか。

 人権意識が感覚の一部になっていなければ、目の前で人権侵害が行われ

ても、気付かずに通りすぎてしまいかねません。

 いい例が、人権教育が行われている教育現場の同じ屋根の下で、差別の

代表的ないじめが、頻繁に行われていることです。あるいは、自称・人権

尊重派が、カミシモを脱いだ”路地裏”で「長年の癖である」差別的、偏

見的言動を無意識に行ってしまいます。

 ある作家が「士農工商アッシー君」という典型的

な部落差別表現をしました。「アッシー君」という

のは、送り迎えするだけの「足代わりの恋人」とい

う意味ですね。どうせ、本命の恋人ではない、とい

うつもりなのです。

 なぜ、わざわざ「士農工商・・・」というのでしょう?「アッシー」

を卑下するだけなら「どうせおれは・・・」でいいはずです。心のどこ

かに、「士農工商・穢多非人」と差別してきた被差別部落・出身者への

社会の偏見が残っているのです。自らの意識もまた、それに何の疑問も

持たずに慣れてしまっているのです。で、無意識に出たのだと思います。

 この「無意識の慣れ」が問題なのです。というのも、この作家は日ご

ろ、部落問題の精通者だったのです。差別を憎む著作もありますし、講

演もこなしていました。それなりの「部落差別撤廃論者」だったのです。

 あえて言うなら、彼の人権感覚はあまりにも知識に集約されていたので

しょう。人権、差別に関する知識は確かにものすごいのでしょうが、それ

がほとんど「頭の中の教科書」にしまわれたままだったと言うことでしょ

う。

 もし、部落問題の講演会とか学習の場とか、人権に関する場だったら、

「頭の中の教科書」が開かれています。彼の口からは絶対に差別表現はで

なかったでしょう。しかし、差別表現した所は、人権とはなにも関係のな

い場でした。「頭の中の教科書」は閉じられたままです。だから無意識に

出たのだと思います。

 同じような人権感覚が、日本社会にはびこっています。

 人権知識はあるのです。しかし、「頭の中の教科書にしまわれたまま」

なのです。血となり肉となって、身体に身に付いていないから、何気なし

に行動したり、話したりするときには、「人権知識抜き」の言動になっ

てしまいます。つまり、「本音」に人権が意識化されていないのです。

 見ず知らずの不特定多数の人間が集まる”路地裏”でこそ、それぞれの

人権感覚が一番問われるのです。意識として慣れになっている普段着の人

権感覚があってこそ、人権が尊重される社会が醸成されるのです。

 


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