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現在、国内の都市のほとんど隅から隅まで、駐車違反区域です。 いたずらに車を止めておけば、どこでも駐車違反になってしまい ます。しかし、道路交通法がなかったらどうでしょう? どうだったでしょう?普通ならどこに駐車しても、 違反にならなかったはずです。 この違反を便宜上、犯罪としますと、こういう犯罪を「法定犯」 といいます。 「なんらかの行政上の目的のために定められた法律」に違反する犯罪、とい う意味です。つまり、法律があれば違反になるのです。なければ、犯罪で なくなるのです。 では、泥棒はどうでしょう? 法律がなかったら犯罪ではないのでしょう か? 人を傷付けることは? 放火は? 殺人は? どれも、法律があろうがなかろうが、けしからんことです。法律があろうが なかろうが、悪です。こういう「法律があってもなくても、けしからんもの はけしからん」という発想の犯罪が「自然犯」です。 す。人間が生き、暮らす大自然。その文字ど おり自然の掟です。誰が決めたわけでもない のです。強いて言えば、自然界の摂理、条理 が定めた掟と言っていいかも知れません。 理屈を抜きにした「掟」です。 人としてやってはいけないことが「自然犯」なのです。 人権とは、まさしくこの「自然犯」に類する考え方のものです。 規則、定め、法律……などで価値が左右されないものです。法律があろう がなかろうが、けしからんものはけしからん、のです。 大自然の掟なのです。 もっと卑近な言葉で言えば「なんの理由もなく、他人からめちゃくちゃに されないこと」「何のいわれもなく他人をめちゃくちゃにしないこと」、こ れが基本なのです。 どんな人権についても同じです。ミャンマーのスー・チーさんの軟禁事件 でも、身近な学校のいじめでも皆同じです。みんな「いわれもなくめちゃく ちゃにされた」出来事です。
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