基本的な考えとして、どのような理由があろうとも「体罰はあってはならない」ことを、まず、銘記することです。
学校教育法で禁じている※からいけないということだけではありません。学校での体罰が教育的であるという価値観を改めるべきです。学校教育の場での体罰が許されるという考えは、家庭での幼児に対する「しつけ」でお尻をぶつというのと混同されているのではないでしょうか。この2つは厳密に峻別されるべきです。
教育的だと考えたにしても、体罰を受けた生徒の心の傷(人間としての尊厳)を、学校、先生はどう癒すことができるのでしょうか。熱血先生の‘こぶし,が、その子にとって一生の宝となることはあるでしょう。
だからといって、体罰が教育的効果をもたらすとは決して言えないのではないでしょうか。
1996年(平成8年)東久留米中央事件で、教師による体罰は「生徒・児童に恐怖心を与え、現に存在する問題を潜在化させて解決を困難にする」、「暴力によって問題解決を図ろうとする気質を植えつける」ものであるとし、損害賠償を認めたが、これにより体罰禁止は判例上確立したと考えることができます。
※学校教育法第11条は、教育上必要とされる懲戒が許されるとしているが、他方で「体罰を加えることはできない」と明確に規定している。
体罰とは、殴る・蹴るなどの身体への直接的な侵害のほかに、長時間にわたる端座、直立などの肉体的な苦痛を指す。(1948年 法務庁見解) |
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