ご存じですか

 お寺の和尚 「植木 徹誠」

 植木 徹之助、後の徹誠(てつじょう)という人は、皆さん良くご存知の植木 等の父親で、回船業・ 材木商の家に生まれましたが、結婚後、僧侶になった人です。

 徹誠 は、妻の実家の西光寺に身を寄せていた時、部落差別の現実を目撃して、これがキッカケとなって部落問題に取り組むようになりました。

 世の中の戦争熱が高まっている頃、招集令状を持って壇家の人が、徹誠に挨拶にやって来た時、「戦争というものは集団殺人だ。卑怯といわれても生き帰って来い。そして、なるべく相手も殺すな。」といって送り出したそうです。
 これは、徹誠 の「人間平等」、ひいては深い人権意識がしのばれるエピソードではないでしょうか。
 また、徹誠 は、「自分は部落民ではないと思う事が、すでに相手を差別していることだ」という信念を持ち、差別に対して即座に反応する感受性の強い人でした。

 徹誠の思想は、一貫して「絶対的平等が人間社会の根本である」ということであり、息子に「等」と名づける程「人間平等」を中心に置いていました。

 

参考図書:「夢を食いつづけた男」(植木 等著)
「父・徹誠を語る」(部落解放227号)



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