今年は、「朝鮮通信使」が初めて派遣されてから400周年にあたる節目の年であり、新聞各紙でもたびたび取り上げられています。
「朝鮮通信使」は、江戸時代に朝鮮王国が幕府に対して「よしみ(信)を通わす使い」として送り出した使節団でしたが、今日では民間交流の火付け役となっています。当時、通信使が必ず寄港した長崎県の対馬では、毎年8月に行われる「アリラン祭り」で韓国の団体が通信使の行列を再現しています。また、400周年の今年には、韓国のソウル、釜山での記念行事や、通信使が通った下関、彦根(10/7〜8)、静岡、東京(9/29〜30)などでのさまざまな催しが計画され両国の人々が交流するそうで、喜ばしいことだと思います。
朝鮮通信使に関係する人物としては、「誠心外交」(相手をよく知り 偏見を持たずに 誠心誠意 交流すること)を説き、対馬の地で朝鮮との交流に力を尽くした雨森芳洲(あめのもりほうしゅう)
が挙げられますが、韓国では日本よりも多くの人が彼を知っているとのこと。日韓のギャップを感じるのは私だけでしょうか。
昨年の10月、現地学習でその対馬を訪ね、彼の足跡を見てきました。こうした先人が封建時代においてでさえ残せた「友好」の証を、人権の世紀に生きる私たちこそ継承していかねばならないと思います。そして今年に限らず、『民間』の側からの友好交流を更に進められたらと願うものです。 |