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最近、朝日新聞に『「ジェンダー・フリー」は誤解を招く? 都教委、使用しない方針 女性史研究者からは反発』という見出しの記事が出ていた。都教委は、「ジェンダー・フリー」という用語が、一部に「男らしさ」や「女らしさ」をすべて否定する意味で用いられていること等から、今後使用しない方針を決めたという。
生物学的な性差(セックス)は、誰もが否定しないであろう。しかし、社会的・文化的につくられた性差(ジェンダー)は、どうだろうか?「男女は、それぞれかくあるべき」とするジェンダー肯定論から、中には「人間の中性化」を目指した過激なジェンダー・フリー論まである。そもそも、「男らしさ」や「女らしさ」といっても、何が男らしく何が女らしいのか、人によって認識はマチマチであろう。個別の言動について、ジェンダーに該当するかどうか、企業(あるいは職場)ごとに共通認識を作り出すことが、必要なことではないだろうか。そうすることが、ジェンダー・フリーにもつながっていくように思える。
大切なことは、用語の使用うんぬんより、当事者も周囲の人々も納得し、現実的に対応できる「ジェンダー・フリー」を推進していくことだと思う。
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