エッセイ

「ハバロフスクの出会い」 今野 尚

挿し絵

夕暮れ、帰りを急ぐ人で賑わうJR三宮駅のホームに上がった瞬間、電車のドアが目の前でバシッと閉まり、「あっ、残念だな〜」と思いつつ、いつもの乗車位置に歩き始めました。
すると、年の頃は私の母よりちょっと上と思われる女性がオロオロした様子で、会社員らしき男性が駅員を呼びに走っていました。
何があったんだろうと思い様子を窺っていると、拾得棒を持った駅員と男性がやって来ました。その女性は頭を下げながら「私、左目が見えなくて、もう片方も弱視なもので、すみません!すみません!」と何度も何度も、小さな体を丸め、謝っています。
駅員によってホームの下から拾い上げられたものは杖。なんと、その杖はその女性ではなく、階段側の壁にもたれている20歳前後の背の高い青年に手渡されたのです。
その女性は、今度は、無言で壁にもたれている青年に向かって、しきりに頭を下げて何度も、何度も謝っているのです。

私は、事情が飲み込めないまま、さらにその様子を窺いました。
すると、私のすぐ隣にいたその女性は、鳴咽をしながら涙を拭っているのです。つむったままで開くことはないであろう左目からも涙が溢れていました。その彼女の背後には、さっきの青年がピクリともせず壁にもたれ続けている状態です。

私は、どうして良いのやら分からなかったのですが、母と同年代の彼女の姿がとても他人事とは思えずに、「何があったのですか?」と声をかけていました。
すると彼女は今まで堪えていたものが切れたように、ワーと泣き出してしまったのです。肩を抱いてしばらくすると、堰を切ったように彼女は話しを始めました。

彼女と青年(もちろん知り合いではありません)は、私が見送った普通電車に乗る予定でした。乗車の時に彼女は、ホームで人におされて足元がふらつき、誤って青年の杖を蹴ってしまったらしいのです。しかし、彼女にはその認識がなく電車に乗り込もうとした瞬間、後ろから背中のリュックを引っ張られ、ホームに引き摺り降ろされ、地面に叩き付けられたそうです。そして、その青年の罵声が浴びせかけられたのです。
「俺の杖を返せ!お前が蹴ったから俺は電車に乗れなかったんだ。謝れ!杖を返せ!」と。

電車が去った後、オロオロする彼女を見かねた会社員らしき男性が、駅員を呼びに行ってくれたのですが、後発の列車がホームに入るまでの時間は3分ぐらいですから、みんな焦っていたようです。彼女は、「悔しい、悔しい」と言って泣いていました。私は、彼女と一緒に涙を流し、ただただ「貴方は決して悪くはないですよ。泣かないで下さい。」とだけ告げることしか出来ませんでした。

何故、身体に障害のあるもの同士がぶつかり合わなければならないのでしょう。これからの高齢化社会、誰もが身体の不自由を感じる時代になるはずです。若くして光を失ってしまったのであろうその青年に奇麗事を言うつもりはありませんし、彼の人生を知らずに、決して偉そうなことは言えません。きっと、健常者には理解し難い、辛い経験を重ねて来たことと思います。
しかし、だからといって他人を傷つけることは許されないのです。青年に一言お願いするならば、目の光は失っているとしても、人を思いやる心の光だけは見失なわないで欲しいと。

昨年11月、多くの人びとの願いを込めた「人権教育・人権啓発推進法」が成立しましたが、21世紀を真の人権の世紀とするための私たち一人ひとりの課題への挑戦、これからが本番です。

 

「歌姫Mさんの吸引力」 河越 保男


挿し絵

 渋谷に「L」というお店がある。17年近く通っており、ここではシャンソンやカンツォーネ、ジャズなどが聞ける。自分の好きな歌が聞けたり、楽しくお酒を飲んで皆と愉快に話ができる、アットホームな雰囲気の「場」として、気に入っている。でも、一番私を惹きつけるのは、お店のママであり歌手のMさんの魅力!!

 16年位前に、地球環境財団を支援するチャリティコンサートと、チャリティグッズの制作・販売を始めた時に、意気投合したのが最初の感動だった。また、その後も、障害のある子どもたちの自立や共生のための活動団体を支援するためのコンサートなどを、自然体で何度も開催してきている姿にマイッテいる。この12月23,24日には、渋谷区内の障害児の共生を支援する、今年3回目の、チャリティコンサートを開催したところだ。

 いつも、Mさんが「こんなことやると、きっと楽しいよね」「チャリティやってみようか」「そうだ、やっちゃおう」といったノリで言い出すと、何時の間にか周りの人達も楽しそうに色々な形で応援し、何時の間にか大きなイヴェントができてしまう。

「歌」という自分の仕事を通して、社会の役に立つことを、ごく自然に実現してしまうMさんの人柄や、周りの人々を実に楽しそうに巻き込んでしまう彼女の吸引力に、いつもさわやかな感動を覚える。「L」に行くと、彼女の飾らない生きざまに触れて、啓発を仕事とする自分を振り返り、「押し付けになっているのではないか」「べき論が勝っていないだろうか」や、「社内で良い影響を与えられているのだろうか」などと考えさせられたり、前向きに頑張る力を分けてもらえる「場」を感じる。今年も年末までにもう一度Mさんの店に行き、Mさんらと語らい、この1年の自分の啓発活動について振り返り、来る21世紀のことなど考えることだろう。

(2000年12月寄稿)
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