エッセイ

「他人の痛みを考える」 石川 修一朗

挿し絵

 1年ほど前のある朝、突然激しい腰痛に襲われたことがある。その日は、どうしても出社しなければならないしごとがあった。一歩一歩踏みしめるように、駅に向う。エスカレーターがいかに楽なものかを実感する。電車には空席が無い。腰をかがめ、痛みを耐える姿に気遣いを見せる人はいない。東京駅に着く。ホームに吐き出される人の流れに、恐怖を感じる。ようやく改札口を出る。また、階段だ。腰痛者にとっては、都会の人も、近代的な施設も、すべてがバリアーだ。

 痛みがおさまらないまま、翌日も東京人企連に出かける。用事を終え、帰ろうとすると、黙ってカバンを持ってくれる人がいた。二日間で初めて体験した、さりげない援助。当時の事務局のNさんだった。漠然と感じていた心のバリアーが少し、溶け出したような気がした。だが、今の私に、高齢者や障害者に、さりげなく手をさしのべる態度が身についているだろうか。できるようでできない、さりげない援助。自らの痛みが去った今、他人の痛みを考えている。

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