エッセイ

「自ら差別性、偏見と向き合うという事」

挿し絵 またしても、自らの偏見と差別性に気づかされる場面を体験しました。この夏、熊本県の企業の方々に「企業と人権」のお話をする機会がありました。開会の前にご担当の方と打ち合わせを行いその後、「副知事が来ますから、しばらくお待ちを」といわれ、私は部屋で一人お待ちしていました。やがて、ノックの音とともに女性があらわれました。私は、「おや?」と一瞬思いました。女性に先導させて、その後ろから副知事が現れる・・・と思ったのです。女性が名刺をくださりながらおっしゃいました。「副知事の潮谷です」。「副知事=男性」と思い込んでいた自らの固定観念、ジェンダー意識、偏見・・・・・。

 あ、これは研修に使えるとは思いつつも一方では、日頃、研修では「脳外科医(または裁判官)」の話(ジェンダー意識)をしていながら、現実にはこんな偏見を露呈してしまうわけです。この私の体験には、分析すると(ちょっと、おおげさですが)、いくつもの差別性が有ります。

 一つは言うまでもなく、「副知事=男性の仕事」という思い込みです。男女共同参画社会の理念を持ち出すまでもなく、多様な女性が様々な職場にいる事が当たり前の社会になりつつあるのに、固定的、古典的ジェンダー意識に囚われているところがありました。

 今一つは、職業・肩書きへの囚われと女性蔑視です。「副知事」という肩書きに、「偉い人」、「お付きの人を従えて」というなんとも陳腐な差別感を抱いてしまい、そこから「それを先導する人」がいて当然という受け止めをしてしまいました。更に、その先導が女性だと思いこんだ・・・ということです。ついでに申しますと、熊本県はいわゆる省エネ対策等の一環として、県職員の服装のカジュアル化を推奨しており、男性はノーネクタイ、女性もカジュアルな服装でということで、副知事も同様で、スーツを着こなすということはありませんでした。もし、ノーネクタイの男性とスーツ姿の女性が同時に来たら、私は女性の方を副知事と思ったのではないか・・・、ここには、服装という外観での人の判断という差別性がある・・・ということです。

 閑話休題、今年も人権週間が終わりました。人権を「感じ」、「考え」、「語る」新たな自分との出会い、あらたな友との出会い、今年はどんな出会いがありましたか。

「人権啓発東京講座を受講して」

挿し絵 9月に東京人権企業連主催の新任担当者研修会に参加をして各企業啓発担当のみなさまより、職場における同和問題・人権問題のノウハウを教えて頂き担当者としてこれから、どう行動をしていくのかを学びました。そしてその気持ちを確固たるものにする為にも、(社)部落解放・人権研究所主催の「人権啓発東京講座」に参加しました。

 講座のカリキュラムからも正に新任担当者として同和問題の歴史・結婚差別の実話・フィールドワークでは群馬県のジェラード事件の現場研修・差別戒名による墓石移転の実態を、この眼で見、肌で感じて参りました。

 グループ討議を通じては、私は今までも常日頃から大切にしていこうと思っている「自分自身に正直に生きて行こう。おかしいと思ったことは、おかしいと言える勇気を持って生きよう」という考え方をベースにして皆さんと意見交換をしています。部落差別・就職差別・障害者差別・在日外国人差別等・・・ いわれのない差別を許さないということを今まで以上に感じた講座でした。


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