人権の広場

障害者と社会〜虐待・警察プロジェクト・条例〜(その3)
 
  
毎日新聞社夕刊編集部長 野沢 和弘 (のざわ かずひろ)
●プロフィール
 1959年静岡県生まれ。1983年早稲田大学法学部卒業。毎日新聞入社。津支局、中部報道部、東京社会部。薬害エイズ取材班、児童虐待取材班など。科学環境部副部長、社会部副部長を経て、2007年5月から夕刊編集部長。全日本手をつなぐ育成会理事・「手をつなぐ」編集長。市川市人権擁護委員。
 著書に「条例のある街」(ぶどう社)、「わかりやすさの本質」(NHK出版/生活人白書)、「発達障害とメディア」(現代人文社)、「なぜ人は虐待するのか」「シカゴの夜から六本木の朝まで」「親」(Sプランニング)など。
ポートレイト


社会の中で

写真
▲畑仕事の後、ビニールハウスで家族と
 私は駆け出しの記者のころから、警察を7年ほど担当したのですが、今から思えば、障害者が被害者となる事件は実に多かったように思います。また、あまり表ざたになることはありませんが、性的な虐待は相当多いと思います。キャッチセールスに引っかかり、食い物にされている軽度の知的障害の女性は多いと言われています。暴力団から風俗店に売り飛ばされたり、覚醒剤を使われたりして、ひどい目にあっているのです。

 悪質商法の被害も増えています。国民生活センターの統計では知的障害者の相談件数は5年間で3倍も増えています。知的障害者を専門的にねらっているグループもあります。

 2年続けて子どもの誘拐事件を取材したことがあります。初めの年に起きた事件では子どもは無事救出されましたが、次の年に起きた事件では被害にあった子どもは無残にも殺されてしまいました。被害にあった2人の子どもにはいずれも知的障害がありましたが、その事実は報道されませんでした。被害者のプライバシーに配慮してのことですが、警戒心の弱い障害児が地域社会で犯罪被害にあいやすいリスクを抱えているのだという問題提起を社会にすることができないジレンマを抱えることになってしまいました。

 どんな障害があっても閉鎖的な入所施設ではなく、地域の中で暮らしていく時代にしなければいけません。そのとき、私たちはどうやってリスクの高い障害者を守ることができるのでしょうか。。

警察プロジェクト

写真
▲居酒屋にて「ちょっと一息」

   2000年秋、弁護士や大学教授や施設職員らとアメリカ・イリノイ州に研修旅行に行きました。米国では入所施設そのものが閉鎖的かつ管理的で、人権を侵害しているとして「施設解体訴訟」がいくつも起こされてきました。イリノイ州は施設解体の取り組みが遅れ、ようやく知的障害者が地域で暮らすようになり始めたところでした。だから日本にとっても身近なお手本にできると思いました。

 まず驚いたのは、シカゴ近郊にあるランバート警察署という、署員が80人ぐらいしかいない小さな警察署で勤務するマリリン・ジョンソン刑事でした。彼女は知的障害者と精神障害者専門の刑事なのです。普段は鑑識係をしていますが、障害者が被害の事件が発生すると、彼女の担当となり被害者から事情聴取したり証拠を集めたりします。

 彼女は大学で福祉や心理学を学んだ刑事です。「被害を受けたことを障害者からどうやって聞き出し、裁判で通用するように証拠化できるか。傷ついた障害者をどうやって福祉の現場に戻すか。それが私の仕事です」

 もっと驚いたのは、検察局に障害者専門の検事が4〜5人いたことです。 オーガスタ・クラークという女性の検事は「自分は警察官よりも誰よりも早く現場にかけつけて、まず最初に被害者に会う」というのです。そして、とても大きな名刺を持っていました。この大きな名刺は障害者にわかりやすいように大きな字で書かれていました。「名刺を被害者に渡して自分を印象づけて安心してもらう。それが大事なのだ」。こんな刑事や検察官が日本にも必要だと痛感しました。

 帰国後、すぐに厚生労働省に掛け合って研究班をつくり、「知的障害のある人を理解するために」という警察官向けの冊子を作りました。知的障害者の特性や捜査に際しての留意点などをまとめたものです。

 これを持って警察庁との交渉に出向きました。アメリカでは福祉の関係者や親や学校の先生たちの勉強会を立ち上げて、そこに警察官に入ってもらって一緒に学ぶ機会を作るところから始めたそうです。そういう取り組みの中からマリリン・ジョンソン刑事らが育ってきたのです。警察庁は初めは渋っていましたが、何度目かの訪問の後に快諾してくれました。

 冊子は全国の都道府県警察本部のすべての部署、約1300カ所の警察署のすべての部署、6500カ所の交番、9000カ所の駐在所にすべて配布してもらうことになりました。

 いくつかの地域では地元の障害者グループや親の会と警察本部や警察署が連携して安全ネットワークを作り始めました。これを「警察プロジェクト」と言います。NHKが私たちの取り組みを全国ニュースの中で特集してくれたことがきっかけで、13年間未解決のままだった知的障害のある夫婦に対する保険金放火殺人事件への捜査協力もすることになりました。知的障害者の証言の信用性を裏付ける専門家の意見書を作成したり、被害者の生活の場を確保することを通して、13年ぶりの事件解決に貢献できました。


次回に続く

障害者と社会
〜虐待・警察プロジェクト・条例〜(最終回)
  • 障害者への差別をなくす条例
  • 20年後のタラちゃん
  • バックナンバー

    1997年 1998年 1999年 2000年 2001年 2002年 2003年 2004年
    2005年 2006年 2007年