転んで思ったこと 大塚喜弘
ある日の夕方、バス停の50m手前でバスがくるのが見え、あのバスに乗ろうと走った。我ながら素晴らしいダッシュだと思った瞬間に足がもつれ天地が逆になった。情けなさと恥ずかしさの方が強く痛みをさほど感じることなく、悔しい気持ちでバスを見送った。
何も無かった素振りをして帰路へ、しかし左ひざが上手く曲がらず、我家が近づくにつれて擦り傷と打ち身の部位に痛みを覚えてきた。
迎えた妻は破れたスーツを見て「買ってまだ2・3回しか着ていないのに!△#$※・・・%&\?」と、泣き面に蜂。そんな口撃(こうげき)を受けながらズボンや靴下を脱がしてもらい、傷の手当てをしていただきました。 この時ばかりはおかあちゃんの存在を恐々ながらも感謝。
翌朝になっても足を引きずるようにしか歩けず、通勤ではエスカレータやエレベーターを探しながら階段を避けいつもより20分も余分に時間を要して会社にたどり着きました。
さてここで人権啓発担当者として振り返ると、『身体の不自由な方にとっても都会のインフラはそこそこ整っているのかなあ。しかし道路は意外とでこぼこしていて、横断歩道や踏切そして電車とホームの間など多くの危険な箇所があり、今日の自分には歩行が困難だったなあ。』とたいした怪我でもないのに通勤の苦労を体験した。そして白杖・車椅子の方々などの移動の大変さを改めて思い知り、障がい者の方々への配慮した行動を率先しようと誓う。







